現地視察日記 1日目  コックスバザール

 

 

 

バンコクからチタゴンまで約二時間ほど飛び、空港に着くと、ラジョーさんが迎えに来てくれていました。そしてチタゴンから車で四時間以上かかって、ようやくコックスバザールに到着。
その後、宿泊所のラジョー・ゲストハウス(と僕らは呼んでいた)で夕食。

翌日以降のスケジュールを話し合います。DVDの製作のことを言うと、明日は、島で特別な仏教の祭りがあるとのこと。それを撮りに行くことになりました。

 

 

 

 

 

 

現地視察日記 2日目  仏教の祭典

 

 


朝六時に起き、人力車(リキシャ)で港まで行き、船で15分で島まで行く。

年一度の仏教の大きなお祭りで、ビルマからも大勢の僧侶たちも参加し、人々も着飾って大変なにぎわいです。

 


お寺では、われわれのために、特別な席を用意してくれ、ご馳走を振舞われました。そこで、東京で農大の大学院に留学している、トワエモンさんの叔父さん(ご僧侶)に会いました。また英語の先生に、これからのラカインの子供たちに必要な英語教育についての実情を聞いたりもしました。


トワエモンさんの叔父さんは、謙虚そうな方で、言葉でのコミュニケートはできなかったけれど、黙っていても人柄の素晴らしさが伝わって来ました。

三時ごろ。撮影が済み、帰路に着きます。

夕食後に、トワエモンのお兄さんとも会い、ラジョーさんも交えて、今後のプロジェクトについて、いろいろ話し合いました。

 

 

 

現地視察日記 3日目  チョチョリバラ村

 


またまた六時起き。

今日は、チョチョリバラという、ビルマ国境の近くの村を訪れます。

安いローカルバスに乗って行くことに。

だから、片道三時間以上はかかったと思います。
この村はラジョーさんの奥さんの出身地で、経済的にはとても貧しい所だとのこと。村の学校に着いたら、ラカイン小学校の生徒さんたちが、道の両脇に並んで待っていてくれていました。そして、花束を私たち四人に捧げるようにしてくれました。

 


この小学校は、かつて欧米などを講演して回っていたという80歳以上の老僧侶によって運営されていました。ラカインの子供たちの将来を憂いた彼が、自費で先生たちの給料を払い、通常の小学校に行く前に、朝二時間、英語、ラカイン後、ベンガル語を教えて、子供たちの学力向上に努めているのです。

またお寺に住んでいる子供たちもいます。
多くのこどもたち(75%)は、中学校に行く事ができません。というのは、バングラの小学校は全部を教えず、午後からの塾に行かなければ、公立でも中学校の受験に受からないからです。
ご僧侶は話し合いの中で、自分は体も弱ってきており、老いを自覚している。これ以上がんばるのは難しい。でも、子供たちのために、何とかこれが維持発展できるように願っていると、私に訴えられていました。
子供たちに、将来の夢はと聞くと、「銀行員になってお父さんとお母さんを楽にしてあげたい」という子もいて、しかも小さいので小学生だと思っていたその子が15歳と聞いて、何だか胸が切なくなりました。
その後、貧しい村だというのに、豪華なお昼のもてなしを頂き、撮影やインタビューを終え、多くの願いを胸に帰路につきました。

 

 

現地視察日記 4日目 クルスクル村~アルコドン村の僧侶の来訪

 

クルスクルという一時間ほど郊外の村に、トワエモンさんのお兄さんの案内で訪れました。そこには、学校の校舎がありましたが、学校そのものは閉鎖されていました。
かつて有名なNGOの団体が、この学校を三年間ほど運営していたが打ち切ってしまった名残りだとのことでした。

大きな団体は、一定期間援助してレポートを書くと、別の所に移動するためだそうです。
もしNPOユニが、二人の先生の給料をサポートすると、明日にでも50人の子供たちの学校を再開することができます。
ここは、東京に留学中のトワエモンさんが育った村で、島でお目にかかった叔父さんが住職をされています。

 

 

 

 

ここでも豪華な食事を振舞われたのですが、その前に、一人の僧侶と出会いました。ニャニャカさんという方で、アルコドンという遠い所から、私に会うために、はるばるやって来たというのです。アルコドンとは、訪れるのにも、バングラ政府の許可が要るような、あるいは政情不安なところです。
ニャニャカさんは、私に訴えかけました。どうしても必要があって、孤児院をやりたい。また、アルコドンには、どこからも援助の手が届かず、唯一キリスト教が活動しているので、ラカインの若い人たちが、キリスト教に改宗していってしまっている。しかし何としてでも、ラカインの精神的支柱である仏教を守りたい。そう、涙を流さんばかりにして訴えられました。
私たちは、すぐに打ち解け、孤児院を始めるための具体的なプランについて、いろいろと話し合いました。そして、アルコドンを次回訪れることを確約しました。彼の澄んだ目と、悲痛なまなざしは、今でも私の心から離れていません。

 

 

現地視察日記 5日目  小学校訪問


今回のラカイン支援の視察をするきっかけとなったのが、旅行作家の下川裕治さんとの出会いでした。

下川さんは、ラカイン支援の志半ばに亡くなった友人の遺志を継がれました。

そして現在、サザンペンという会によって、ラジョー家の近くの小学校の運営に関わっています。
今日は、そこを訪れたのです。この学校は、広大なお寺の敷地内にあります。

もともとは、ラジョーさんのお祖父さんが土地を寄進されて、建てたお寺だそうです。

私たちは、校長先生に会い、また先生たちや子供たちとも、いろいろ未来について話し合いました。

 

 

 


 

 

 

 


ここの広大な敷地の中には、かつて二つの仏舎利塔が建っていました。

しかし、現在は一つしかありません。また、丘の上の礼拝堂も、落書きされたりひどく汚されたりしています。さらに、もうーつの仏舎利塔は、悲しいことに破壊されています。
と言いますのは、イスラムの人々が、寺の敷地内に不法占拠してきているからです。

 

 

仏教の礼拝所や仏舎利塔などにも敬意が払われず、汚されています。
また、イスラムの人々が仏舎利塔のふもとの土地を削ってしまい、とうとうある日、大きな仏舎利塔が、倒壊してしまいました・・・。

現在、塔の中に入っていた仏像等だけを、寺の本堂に安置して納めています。

 


夜、トワエモンさんや、お兄さんのアマラシンさん、下川さん、ラジョーさんと我々とで、ミーティングを行いました。下川さんからは、貴重な助言を頂きましたが、私もまた、この数日ずーっと考え続けた結果について話しました。
まず、手始めとして、ラカイン・ニュースを年二回、発行するということで、この夜の話はまとまりました。

 

 

 

現地視察日記 6日目

 


朝五時に起きて、ラジョーさんたちに見送られ、チタゴンに向けて出発。

四時間車に乗り、空港からバンコクまでフライト。

 

 

終わりに


すでにお気づきになったと思いますが、先生方の月給は、日本の日給にも満たないほどの小額です。現地の物価を考えても少ない。しかし、ラカインの人々が、私たちに要請しているのが、これらの額なのです。そして、この少額の月給でも、子供たちのために教えたいという、情熱を持った先生に来て欲しいと願っています。
大きな援助団体に寄付をしても、大半が職員の給料や施設の維持費等に消えてしまうという話を聞きます。また、これもよくあることですが、現地のお役人が、間を抜いてしまう。そして、本当に援助を必要とする人たちのところへは届かないか、あるいは、減額されてしか届かない。

実はNPOユニでも、このようなことを実際に経験してきました。
しかしコックスバザールは違う。私たちは、現地の人たちと共に、ラカインの子供たちの良き未来のために考え共同作業をしていくことができます。

顔を見合わせて相談しながら、活動していくことができるのです。
それに彼らのただずまいは、私たち日本人が失った多くのもの、例えば慎み深さなどを思い起こさせてくれます。
私は一日も早く、クルスクの学校を再開し、子供たちを学校に行かせてあげたい。一日も早く、アルコドンに孤児院を創り、ニャニャカさんの願いを実現してあげたい。またチョチョリバラの先生たちの塾の手当てを出して、これまで苦労して学校を維持して来た老僧を、安心させてあげたい。
一日も早く、ラジョーさんや、コックスバザールのラカインの人たちの喜ぶ顔が見たくてたまりません・・・。

 

 

 

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