7人のメンバーで被災地へ行き、指圧のボランティア施術を行いました。
また、全員ユニメンバーのバンドLamaniが、追悼ライブ演奏を3ヵ所で行いました。
<9月8日>
朝、京都から車で、東北に向けて出発しました。
先発していた1名は、石巻の仮設住宅でボランティア指圧。
仙台に着くのに12時間かかりました。
<9月9日>
NPOユニがこれまで支援してきた、気仙沼の唐桑(からくわ)町に、朝3時間かけて移動。
着くとすぐに、小原木小学校と、中学校の2ヵ所の仮設住宅の集会所でボランティア指圧を始めました。
一見、明るく振舞われている皆さんでしたが、ぽつりと漏らされた言葉は、
「これまで仕事があって、水産でバリバリ働いていたけど、仕事がなくて運動不足なんだよね・・・」、と・・・。
なんとお慰めして良いものやら、返事につまりました。
津波ですべてを失った傷跡は、未だからだに残っているようでした。
指圧を通して伝わってくる、その切ない想いには、言葉がありません。
<9月10日>
唐桑町2日目。東京から毎月ボランティア指圧に来ているメンバーと合流しました。
そして朝、海岸沿いを走って、ボランティア施術のため、仮設住宅に向かいました。
唐桑の海は、地形が入り組んでいます。そして、岸壁や岩肌、また海が松島のように美しく、津波が来なかったらこんなにきれいなところなのに・・・と想いました。
写真で見た被災直後の様子に比べたら、海岸の瓦礫や土砂は、きれいに片付いていました。
また道路も工事されていましたが、壊れた堤防は、被災直後と変わらずそのままで、民家も倒壊したままでした。
朝から始めたボランティア施術は、福祉センターの仮設住宅も含めて、三か所に分かれて行いました。希望される方が多く、ひっきりなしでした。
夜は、ボランティアの宿泊場としても開放されているライブハウスで、LAMANIがライブ演奏を行いました。
遅くに頂いた夕食後。石巻に向けてあわただしく出発しました。
<9月11日>
深夜、ようやく石巻に着いて、身を休めたのは、河口近くの旅館でした。
隣の家は全壊で、被災したとき、1階は腰の高さまで、土砂に埋まったそうです。
トイレは使えず、仮営業の宿でした。とはいえ、被害が大きかった石巻では、宿泊が可能な数少ない貴重な宿でした。
海沿いの道では、コンビ二などが、ぽつぽつと営業を再開していました。
しかし、街の至るところでは、瓦礫が山のように積まれていたり、また壊れた家屋群が見られるなど、まだまだ一部では、荒涼とした風景が続き、胸が痛みます。
朝、宿を出て向かったのは、2ヶ月前まで400人の被災者が避難されていたというお寺、洞源院です。
海が見えるほど沿岸部に建っているお寺ですが、高台にあるため、難を逃れたそうです。
法要前の追悼奉納コンサートをさせていただきました。
皆さん、心を澄ませて聴いてくださり、また中には、涙するお年寄りの方々も・・・・。
そして演奏後、仙台に向かう私たちを、皆さんが合唱して見送ってくださいました。
私たちは、定禅寺ジャスフェスティバル出演のため、仙台へと急ぎました。
仙台市街は津波の直接の被害は少なかったようで、中心部はにぎわっていました。
フェスティバルは、市内のあちこちに会場が分かれています。その中の1つ「花京院スクエアー」が私たちの演奏場所です。
NPOユニの活動について、簡単にお話しした後、祈りながら演奏させて頂きました。
”夕暮れ時の空に放たれた音が、どうぞ沢山の人を癒してくれますように・・・・”
祈りが通じたのでしょうか。観客と一体になったようなライブでした。
それは、休みなく動いた4日間が終わった瞬間でした。






















